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大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)1557号 判決

控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という) 株式会社布施自動車教習所

右代表者代表清算人 長尾豊

右訴訟代理人弁護士 田邊満

控訴人(右同) 長尾商事株式会社

右代表者代表取締役 古川智男

右訴訟代理人弁護士 谷野直久

同 大水勇

被控訴人(別紙選定者目録記載四〇名選定当事者、附帯控訴人、以下単に被控訴人という) 和田真一

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 赤澤博之

春田健治

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人らは被控訴人らに対し、各自別紙賃金目録(四)合計欄記載の金員を仮に支払え。

三  被控訴人らの控訴人らに対するその余の本件仮処分申請は当審で拡張した賃金請求部分も含めていずれも却下する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人らの各負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

(控訴人ら)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らの本件仮処分申請は、当審で拡張した賃金請求部分を含めていずれも却下する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

(被控訴人ら)

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴人らは被控訴人らに対し、各自別紙賃金目録(三)欄記載の金員及び昭和五八年九月以降本案第一審判決言渡に至るまで毎月二五日限り一か月あたりそれぞれ同目録(二)欄記載の金員を仮に支払え(当審で拡張した賃金請求部分)

3  当審費用は控訴人らの負担とする。

二  当事者の主張

《以下事実省略》

理由

(略称は原判決記載のとおりである)

一  被控訴人らの控訴人布施教習所に対する本件仮処分申請の判断

1  被控訴人ら(選定者らを含む。以下同じ)が控訴人布施教習所との間で雇用契約を締結し、従業員として勤務していたこと、被控訴人らが全自教布施分会の組合員であること、右教習所が昭和五三年四月一九日被控訴人らに対し同年五月二〇日付をもって本件解雇の通告をしたことは、当事者間に争いがない。

2  《証拠省略》を総合すれば、右教習所は、(一) 昭和三八年一二月一九日本店を東大阪市長田西二丁目二八番地に置き、資本金二〇〇〇万円、自動車運転技術者並びに整備技術者の養成等を目的として設立された株式会社(代表取締役長尾豊)であり、(二) 右設立の日ごろ控訴人長尾商事からその所有の東大阪市長田西六丁目二三番外一五筆の宅地一万七六九六平方メートル及び鉄筋コンクリート三階建建物などを賃借し、それら土地建物を右事業の用に供しており、(三) 同三九年三月二三日大阪府公安委員会から道路交通法九八条に基づく指定自動車教習所の指定を受け、以後同五三年五月六日会社解散の決議をするまでの間、指定教習所として自動車教習事業を行っていたことが一応認められる。

3  原判決理由第二(同四一丁表一〇行目から同六二丁裏一二行目まで)に説示するところは、同四二丁裏一行目の「第二二号証、」の次に「第一一九及び第一二〇号証、」を加え、同六二丁表一三行目から裏一行目までの「現在、審理継続中である。」を「大阪地方裁判所は同五七年一一月一五日破産宣告の、同五八年三月二五日破産終結の各決定をし、同年三月三一日右破産終結の登記がなされている。」と訂正するほかは、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。その要旨は次のとおりである。

(一) 控訴人布施教習所の従業員は昭和四〇年七月一九日大阪地方同盟傘下の布施自教を結成した。

布施自教は同四九年一一月同盟を脱退し、同五一年四月二四日総評全国一般大阪地連に加盟し、同年一〇月一八日以降全自教布施分会として活動することになった。

(二) 右教習所の経営は、事業が軌道に乗ってきた昭和四三年ごろから黒字となり、以後高収益をあげていたが、教習生の減少と賃金、報酬の上昇、労働条件の向上に伴なう人件費の増大、控訴人長尾商事に対する地代家賃の増額等により、同四九年五月期の決算以後は赤字を計上するようになった。

(三) 前記長尾豊はその後同会社の経営改善に乗り出す決意をし、昭和五一年の春闘の団交に数回出席して布施分会に対し、賃上げと引換えに運転技術指導員の稼動時間を一か月九〇〇〇時間とすることの保証や勤務時間内組合活動の廃止を求めたり(布施分会はこれに難色を示し、同意しなかった)、同年一一月一二日ごろ布施分会長である被控訴人和田真一宅を訪れ、同人に対し「日本一の教習所にしたいから協力してくれ」と申入れ、同年一二月下旬残業の多い従業員に歳暮として日本酒を一、二本送るなどしていたが、布施分会との対立は増すばかりであった。

(四) 右教習所と布施分会との間で昭和四二年一二月一日締結された労働協約の三一条には「団交の交渉委員は」「双方それぞれ五名以内を原則とする」との条項があり、また同協約八条一項二号には「予め会社に通知し、承認を得た」場合には就労時間中に団交できる旨定められていた。右労働協約は以後毎年自動的に更新されていたが、右団交出席人数、開始時間については、布施分会が六名以上出席したり、予め会社に通知することなく勤務時間中に団交の即時開始を申し入れるなど必ずしも右労働協約条項どおり実行されてはいなかった。

しかるところ、同教習所は同五二年三月の春闘団交に際して布施分会に対し、団交の出席人数を五名とし、勤務時間外に団交することを強く要求した。これに対し布施分会は従来の慣行を理由に拒否した。

そのため、以後賃上げ、布施分会副会長小林満成に対する処分、夏季一時金等の問題についての団交が行われないまま経過した。

(五) 同教習所は、労使対立の激化しつつあった同五二年八月三一日布施分会に対し、前記労働協約は労働組合の同意又は協議を要する事項が多かったとしてこれをすべて破棄し、新労働協約案に改訂したいと申入れた。しかし、これに関しても、出席人数と開始時間の点で当事者双方間に折合いがつかなかったため、団交は開かれなかった。

(六) 布施分会は、同年七月二七日地労委に夏季一時金について仲裁申請をするとともに同月二〇日から同年九月一〇日にかけて何回か指名ストをしたり、職場での管理職に対する個人攻撃等の抗議活動を強め、また、長尾豊や職制の自宅付近に宣伝車で押しかけて個人攻撃をしたり、ビラをまいたりするなどの抗議行動を行い、そのためこれに耐えきれなくなった運転教習担当の矢部楠丸、藤井史郎各課長は同年一〇月二〇日相次いで退職した。

(七) 右教習所は、同年一〇月一八日地労委から夏季一時金の仲裁裁定を受けた後、同月二二日の取締役会において「一一月一日から争議が終結するまで教習生の入所受付を停止する」との決議をし、直ちにそれを実行に移し、更に、同教習所は、同年一一月二八日在校生に対し「労使関係が悪化の一途を辿り、これがため事業の継続が困難と考えられる状態となり、教習生に迷惑をかける」に至っているとして、一二月中に卒業を見込める教習生以外は、他の教習所に転校することを要望する旨の通告をした。その結果、同年一二月末当時の在校生は著しく減少し、同五三年三月下旬には在校生一名を残すだけとなった。

(八) 右教習所は、同五三年一月一一日布施分会に対し、団交人数及び開始時間の制限をしないで団交に応ずる旨の回答をし、同月一三日団交の席上で布施分会に対し、争議行為を三年間行わない、三年間の昇給停止、団交は勤務時間外で一回二時間とするなどの内容の再建協力の締結を申入れた。しかし、布施分会はこれを拒否し、夏季一時金の即時支給等の従来からの要求を主張したため、交渉は何ら進展しなかった。

(九) 控訴人長尾商事は同年一月三一日右教習所に対し、同五二年一二月以降の賃料不払を理由に前2記載の土地建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(一〇) 右教習所においては、教習生の入所受付金や教習料等の収入がなくなったため、同五三年三月二五日当時の同教習所の負債は、社会保険料、府市民税、夏季一時金残金、冬季一時金未払分、延滞賃料、借入金、給与などを合せると約一億三〇〇〇万円から一億六〇〇〇万円に達し、右負債は同年四月には更に増える見込みであった。

(一一) 右教習所は、打開策として会社解散か、経営譲渡の二方途しかないと考え、同年三月ごろから日産プリンス大阪販売株式会社及び株式会社八尾自動車教習所との間で営業譲渡の折衝をしたが、いずれも不成功に終った。

そこで、同教習所は、同年四月一五日の取締役会で事業所閉鎖、全従業員解雇の決議をし、同月一七日布施分会に対し、右決議事項についての団交を申入れたが、布施分会は絶対反対の意思表示をしたため、団交を開くに至らなかった。

(一二) 右教習所は、同月一九日布施分会に対し、同年五月二〇日をもって事業所を閉鎖し、従業員を全員解雇する旨の通告をなし、同年五月六日の株主総会で、会社解散の決議をし、同月一六日右解散の登記をし、更に、同年七月二七日大阪地方裁判所に対し、債務超過を理由に破産の申立をし、同裁判所から同年一一月一五日破産宣告、同五八年三月二五日破産終結の各決定を受けた。

4  前1ないし3の認定事実を前提に、本件解雇の効力について判断する。

(一) 本件解雇が、控訴人布施教習所と布施分会との間で締結されていた労働協約の事前協議条項に違反し無効であるか否かについて

(1) 同教習所は、右労働協約は同教習所の解約申入れによって失効したと主張し、同教習所が昭和五二年八月三一日布施分会に対し、右労働協約につき所定の方式を具備した解約の予告をしたことは当事者間に争いがない。

しかし、同教習所の右解約申入れは、不当労働行為意思によってなされた無効なものであると解するのが相当である。その理由は、原判決理由説示(六四丁表一〇行目から六五丁裏六行目まで)と同一であるから、これを引用する。よって、同教習所の右主張は採用しない。

(2) 右労働協約七条には「会社は合併、分割、譲渡、解散、事業所の縮小及び休止、長期休業その他従業員に重大な影響を及ぼす事項については事前に組合と協議決定する。」と定められていたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は解雇も右事前協議事項の対象となっていると主張する。

なるほど、解雇は従業員に重大な影響を及ぼす事項ではあるけれども、(イ) 右労働協約七条には解雇が明記されていないこと、(ロ) 右労働協約七条が従業員に重大な影響を及ぼす事項として挙示しているものは、前記のとおり会社の合併、解散、事業所の縮小などであって、これらはいずれも会社の経営に関する事項であること、(ハ) 右労働協約の一二条以下には別に労働者の人事に関する事項についての規定を置いていること、を考えると、右労働協約七条が事前協議事項の対象としたのは会社の合併、解散、事業所閉鎖などの経営事項であって、解雇という従業員の待遇に関する事項は含まれていないものと解するのが相当である。よって、被控訴人らの前記主張は採用できない。

(3) 前示のとおり、解雇は事前協議の対象となっていないが、控訴人布施教習所の解散がその対象となっており、かつ、本件解雇が右解散と関連しているので、右解散及び本件解雇の有効性について更に検討する。

前記3の(一〇)ないし(一二)に認定した事実によれば、同教習所は昭和五三年三月二五日当時収入がなく、負債が約一億三〇〇〇万円から一億六〇〇〇万円に達し、その打開策として日産プリンス大阪販売株式会社他一社との間で営業譲渡の折衝をしたが、不成功に終ったこと、そこで同教習所は同年四月一五日の取締役会で事業所閉鎖、全従業員解雇の決議をし、同月一九日本件解雇の通告をしたうえ、同年五月六日の株主総会で会社解散の決議をしているものであって、右一連の経過からすれば、本件解雇は同教習所の解散を理由としてなされたものであることが明らかである。

ところで、前記労働協約七条は解散を事前協議事項の対象としているものであるところ、前記3の(一一)認定事実によれば、同教習所と布施分会との間に前記解散について事前協議が行われたということはできない。

しかし、右労働協約七条において事前協議の対象としているものは、前記のとおり経営参加事項であって、労働条件その他の労働者の待遇に関する事項ではないから、右事前協議事項には労働組合法一六条所定の規範的効力がないものというべきである。殊に、会社の解散は商法四〇四条に定める事由、すなわち同法九四条一号(存立時期の満了その他定款に定めた事由の発生)、五号(会社の破産)及び六号(解散を命ずる裁判)、株主総会の決議等によって効力が生じ、その効力は労働組合との事前協議事項に反することの故をもって左右される性質のものではない。したがって、右事前協議事項には債務的効力以上の効力を認めることができず、控訴人布施教習所、布施分会間において、前記解散について事前協議を経てなくても、右解散は勿論、右解散を理由とする本件解雇は有効というべきである。

(二) 会社解散の決議が不当労働行為意思でなされたから、右解散及び本件解雇が無効であるとの被控訴人らの主張について

(1) 控訴人布施教習所の解散決議につき不当労働行為意思の有無

前記3の(一〇)、(一二)の各認定事実のとおり、同教習所は昭和五三年三月二五日当時収入がなく、しかも、約一億三〇〇〇万円から一億六〇〇〇万円の負債が存在していたものであり、また、同年一一月一五日大阪地方裁判所から債務超過を理由に破産宣告の決定を受けている程であるから、同教習所の前記解散は経済的破綻によるものと一応いうことができる。

しかし、前記3の(七)、(一〇)の認定事実によれば、同教習所の右経済的破綻は、同教習所が昭和五二年一一月一日以降教習生の入所受付停止措置を継続して実施し、自ら収入の道を閉ざしたことに主たる原因があるものというべきところ、前記3の(四)ないし(七)の認定事実によれば、同教習所は同五二年三月ころ布施分会に対し、団交における五名の出席人数、勤務時間外の開始等の制限を申入れ、布施分会がこれを拒否したことを理由に、以後、賃上げ、夏季一時金についての団交を開かなかったこと、布施分会はその後それらに関するストをしており、また、同分会の申立に基づき地労委の夏季一時金についての仲裁裁定が同年一〇月一八日出された後の同年一一月一日同教習所が前記入所受付停止措置をとったことがそれぞれ明らかであり、そのほか同措置に至るまでの諸事実を観察すれば、前3の(六)認定のような布施分会組合員が長尾豊や職制の自宅付近に宣伝車で押しかけて、個人攻撃をしたり、ビラをまいたりするなど組合活動として正当性を欠くところがあった点を考慮しても、全体的にみた場合、同教習所の前記入所受付停止措置は、布施分会の正当な組合活動を阻害するためになされた企業整備の一種であるというべきである。

そして、以上の事実に、前記3の(八)ないし(一二)の各認定事実を合せ考えると、右入所受付停止措置から約半年後の同五三年五月六日になされた同教習所の解散決議は、直接的には前記経済的破綻を理由とするものであるが、その根底には、布施分会の壊滅を目的とした不当労働行為意思があったとみることができる。

(2) 不当労働行為意思に基づく会社解散及び解散を理由とする解雇の効力

ところで、会社が解散(ただし、いわゆる真実解散)をした場合には、労働者の団結権の基盤である企業そのものが消滅してしまうのであるから、会社が不当労働行為意思をもって解散決議をしても、その解散決議及びこれを理由とし、あるいはこれに伴う解雇は有効と解すべきである。すなわち、

(イ) そもそも、企業主には職業選択の自由(憲法二二条)の一環としてその企業を廃止する自由が認められているものであり、その自由は労働組合壊滅を動機とする場合でも制約されないものである。けだし、労働者には憲法二八条により団結権が保障されているが、この労働者の団結権の保障は企業が存続することを限度として成立しているものであり、しかも、企業には労働組合のため企業を存続させなければならない法律上の義務を負っていないから、企業が自己の意思によって企業を廃止しようとするとき、その企業廃止の自由は労働組合壊滅を動機としていても制約されることはない。(ロ) もし、労働者の団結権の保障が企業主のもつ前記職業選択の自由よりも優先するものとすれば労働組合壊滅を目的としてなされた会社の解散決議は公序良俗に反して無効であるとすることが理論上可能である。しかし、そのように解した場合、企業は専ら労働組合のため企業の存続を余儀なくされ、かくては、企業のもつ営利性に反し、かつ、企業意欲を喪失した企業主に経営を強いる結果となるなど社会的にみて著しい不合理が生ずる。(ハ) したがって、企業者のもつ前記職業選択の自由は、労働者の団結権の保障よりも優先するものと解すべく、右(イ)の説示のとおり、不当労働行為意思でなされた会社解散決議でも、その決議は有効であり、これを理由とする解雇も有効というべきである。

これを本件についてみるに、控訴人布施教習所は昭和五三年五月六日解散決議をしたこと前述のとおりであるところ、右解散決議後の同教習所の状況については、(い) 前記3の(一二)認定のとおり同教習所は右解散決議後、債務超過を理由に大阪地方裁判所に対し破産の申立をし、同裁判所から昭和五三年一一月一五日破産宣告を、同五八年三月二五日破産終結決定をそれぞれ受け、同教習所は今後自動車教習所事業を再開する資力も信用性も全くないこと、(ろ) 《証拠省略》によれば、被控訴人ら布施分会組合員らは、控訴人長尾商事に無断で昭和五四年一月ごろから前記2の(二)記載の土地建物(同教習所の事業所跡)を占拠し、以後同所において、上部団体である全自教指導の下に自動車教習コース等の設備を利用して教習事業をしているが、長尾豊は一度たりとも右事業を継承する態度を示さなかったこと、(は) また、《証拠省略》によれば、右(ろ)記載の土地建物の所有者である右長尾商事は、今後右土地建物を教習所以外の用途に利用したい意思を堅持していることがそれぞれ一応認められ、右(い)ないし(は)の事実を総合すれば、同教習所の前記解散は真実のものというべきである。

そうすると、同教習所の前記解散決議はその動機において前認定のように不当労働行為意思があっても、前説示によれば、右解散決議及びこれを理由とする本件解雇はいずれも有効といわなければならない。

よって、被控訴人らの前記主張を採用しない。

(三) 本件解雇が解雇権の濫用であるとの被控訴人らの主張について

前記(二)の事実から明らかなとおり、同教習所の解散決議はその動機において不当なものがあるが、右解散は真実のものであるから右解散決議は有効であり、かつ、本件解雇は右解散を理由としてなされたものである以上、本件解雇を目して解雇権の濫用ということはできない。

(四) 本件解雇は予告手当の提供がないから、無効であるとの被控訴人らの主張について

労働基準法二〇条本文には「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三〇日前にその予告をしなければならない。三〇日前に予告をしない使用者は三〇日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」と規定しているところ、控訴人布施教習所は昭和五三年四月一九日被控訴人らに対し同年五月二〇日をもって解雇する旨通告していることは当事者間に争いがないから、本件解雇は右条文の予告期間を充足した適法なものというべきである。

もっとも、同教習所がそのころ被控訴人らに対し同年四、五月分の賃金を支払わなかったことは当事者間に争いがないが、解雇までの賃金を支払わないことは一般に解雇を無効とする理由とならないものであるから、被控訴人らの右主張は理由がない。

5  以上の次第で、本件解雇が無効であるとの被控訴人らの主張は理由がない。したがって、控訴人布施教習所と被控訴人らとの間の雇用契約は、同教習所が昭和五三年四月一九日被控訴人らに対してなした解雇の通告により、その予告期間を経過した同年五月一九日限り終了しているから、同教習所は被控訴人らに対し、その後の賃金を支払う義務がない。

6  ところで、《証拠省略》によれば、原判決事実摘示申請人らの主張五の事実、及び当判決事実摘示被控訴人らの当審における賃金請求拡張の理由(二)ないし(五)の事実を一応認めることができる。右認定事実及び後記二の判断によれば、被控訴人らは控訴人布施教習所に対し、昭和五三年四月一日から同年五月一九日まで一か月につき別紙賃金目録(一)欄記載の額に、別紙差額賃金明細表五三年四月賃上欄記載の額を加えた額の割合による賃金を請求することができることになり、その額は別紙賃金目録(四)合計欄記載のとおりとなる。

なお、被控訴人らは夏期、年末一時金の支払いをも求めているが、被控訴人らがその夏期又は年末までに解雇されていることは、前認定のとおりであり、このような場合に一時金の一部でも支払うべき契約、協約、慣行があったことの疎明はないから、一時金の支払いを求められると解することはできない。

また、同教習所は、破産の終了によって会社は消滅したと主張し、同教習所が大阪地方裁判所から昭和五三年一一月一五日破産宣告を、同五八年三月二五日破産終結の決定を受けたことは前記のとおりであり、《証拠省略》によれば、同教習所は同五八年三月三一日右破産終結の登記をしていることが一応認められる。

しかし、本訴が係属している以上、いまだ同教習所の清算手続は終了せず、右登記がなされたからといって、同教習所が法人格を失い、当事者能力を欠くに至るものではないから(最高裁判所昭和四四年一月三〇日第一小法廷判決、判例時報五四八号六九頁参照)、同教習所の右主張は理由がない。

7  右5、6に説示したところによれば、被控訴人らの控訴人布施教習所に対する本件仮処分申請は、別紙賃金目録(四)合計欄記載の賃金の仮払を求める部分については、その被保全権利が疎明されており、また、弁論の全趣旨によれば被控訴人らに右仮払を求める必要性があるものと一応認められるからこれを認容すべきである。しかし、昭和五三年五月二〇日以降の賃金及び一時金の仮払を求める部分については、この点の当審で拡張した賃金請求部分を含めて被保全権利の疎明がないことに帰し、事案の性質上保証をもって右疎明に代えることも相当ではないから、却下を免れない。

二  被控訴人らの控訴人長尾商事に対する本件仮処分申請の判断

1  被控訴人らは、法人格否認の法理の適用により、控訴人布施教習所の法人格は否認され、同長尾商事は被控訴人らに対して使用者としての責任を負う旨主張する。

そこで、控訴人ら及びこれを含む長尾グループの沿革と実態、控訴人らの関係を検討することとするが、この点に関する原判決第四の一、二の説示(同六七丁表末行目から同九〇丁表二行目まで)は、当裁判所の判断と同一であるから、これを引用する。その要旨は次のとおりである。

(一) 控訴人長尾商事の前身は株式会社富士モータース、サンカー販売株式会社、ホンダ販売株式会社であったが、昭和四二年六月一日現商号に改め、資本金五〇〇〇万円、営業目的を(イ)土地、建物の開発、運営管理業、(ロ)不動産の賃貸、売買及びその仲介並びに鑑定、(ハ)関連会社の資金運営及びコンサルタント等とし、本店を大阪市東成区大今里南一丁目二一番一七号に置く株式会社であり、従業員は五ないし六名である。

(二) 控訴人長尾商事は昭和四二年当時同布施教習所のほか日豊部品(旧ホンダパーツ)、神戸ホンダ販売、スズキ販売神戸、日豊モータースの各株式会社を傘下に収め、長尾グループともいうべき企業集団を形成していたが、その後右子会社を譲渡したり、解散したことによって、同四九年以降同五三年までは日豊部品及び控訴人布施教習所を子会社とするだけとなった。

(三) 控訴人布施教習所を設立させたのは、同長尾商事及びその代表取締役であり、長尾一族を統轄していた長尾豊とその関係者であった。そして、同教習所の株式は設立当時から昭和五一年三月当時まで同長尾商事、長尾豊及びその一族が大半を所有していた。その後株式は分散され、同年四月三〇日から同教習所解散までの株式は、同長尾商事が零、長尾豊及びその一族が合計約三七・六パーセントを所有するだけとなっていたが、その余のものは長尾豊と縁故関係の深い壺井警治らがすべて保有していた。

(四) 同教習所設立当時の役員の大半は同長尾商事の役員をも兼任していたし、その後も役員の重複状態が一部続いていた。同五二年二月ごろ同教習所の課長以上の職制で同長尾商事の職制をも兼務していたのは長尾豊だけとなり、しかも、同人は同五三年一月から同長尾商事の代表取締役を退任しているのであるが、その後任の古川智男は長尾豊の娘婿である。

(五) 同教習所は設立時に指導員・事務員を一般公募して約四〇名を採用しており、その採用は当時の山下勇次所長に委せられていた。その後は必要に応じ従業員の縁故等により採用されていた。

(六) 同教習所は同長尾商事からその所有の土地建物を賃借してこれを営業の用に供していたこと前述のとおりである。

(七) 同教習所設立ごろ同教習所と同長尾商事間の金銭の動きについては、本支店勘定に類する経理操作が採用されていたが、同四七年一月ころからは両者間においてそのようなことはなくなった。

(八) 控訴人ら間には相互に貸借関係があり、同長尾商事は同五三年一月ごろ同教習所に対しその従業員の給与資金として約二九二〇万円を貸付けている。また、右両者は相互保証をしており、同教習所はかつて同長尾商事の債務について自己の年間総売上額に匹敵する保証をしたことがある。

(九) 同教習所においては、設立当初から毎年定時の株主総会が開催され、また、重要な業務については定期又は臨時の取締役会で決定されていた。

(一〇) 同教習所は、その設立当初から同五一年二月ころまでは、長尾豊が同長尾商事に常勤していた関係もあって、社長の決裁事項についての禀議書を同長尾商事に回付することがあり、これを本社禀議と呼ぶ者もあったが、この本社禀議は、長尾豊が同教習所の所長として常駐するようになった同五一年二月ごろ以降はなされなくなった。

2  ところで、被控訴人らの主張にいう法人格否認とは、一般に法人制度の目的に照らし、一定の要件の下に法人格の行為を否認し、その効果を背後実体とされる他の法人格者又は自然人に帰属させることにより、法人制度の実質的潜脱を防止しようとするものであり、この法人格が否認されるべき場合として、(1) 法人格が全くの形骸に過ぎない場合(以下形骸法人格否認という)と、(2) 法人格が法律の適用を回避するために濫用される場合(以下濫用法人格否認という)とがあることは最高裁判所昭和四四年二月二七日第一小法廷判決(民集二二巻二号五一一頁)がつとに判示するところである。

これを本件についてみるに、控訴人長尾商事は同布施教習所の親会社であって、同教習所を支配する関係にあったが、その支配の程度が同教習所の法人格を全く形骸化させる程に強かったものということはできない。すなわち、

前記一の2、3及び二の1の各認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、(一) 控訴人布施教習所は、東大阪市長田西二丁目二八番地において昭和三九年三月二三日大阪府公安委員会からの指定を受け、指定教習所として従業員約四〇名を擁し、自動車教習事業を行っていたものであるところ、一方、同長尾商事は大阪市東成区大今里南一丁目二一番一七号において土地、建物の開発、運営管理等の事業を従業員五、六名で行っていた会社であって、両会社の業種及び事業所所在場所、従業員人数等が明らかに異っていること、(二) 同教習所においては、設立以来毎年株主総会及び取締役会を開催し、その意思決定及び業務の執行について法の要求する手続事項を遵守していたこと、(三) 控訴人ら各会社は、昭和四七年一月以降経理操作を別個なものに改め、同五一年二月以降本社禀議を廃止し、両会社の財産の帰属及び収支を明確にしていたこと、(四) 同教習所は、その設立以来自らの裁量によって従業員を採用し、指定教習所としての業務に専念していたことが一応認められ、右(一)ないし(四)の各事実を考えると、控訴人布施教習所が同長尾商事の単なる一営業部門に過ぎないもの、換言すれば、同教習所の法人格が全く形骸化していたものということはできない。

次に濫用法法人格否認の場合に該当するかどうかについて検討するに、前記二の1の認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、(一) 同長尾商事及び同会社の代表取締役であった長尾豊とその一族は、同教習所設立以来昭和五一年三月まで同教習所の株式の全部を所有していたものであり、同長尾商事が同五一年三月同教習所の株式を手離した以後においても同教習所の株式の全部を長尾豊及びその一族、縁故者が所有し、同長尾商事は依然として株主と同様の支配力を有する地位にあったこと、(二) 長尾豊は長く控訴人ら両会社の代表取締役を兼任し、同人は同五三年一月同長尾商事の代表取締役を退任したが、その後任の古川智男は右長尾豊の娘婿であるなど控訴人ら両会社の役員構成には互いに身分、縁故関係において密接なものがあったこと、(三) 同教習所は、自動車教習業務に不可欠な教習所コース、校舎ほかの施設のほとんどを同長尾商事から賃借していたこと、(四) 控訴人ら両会社は金融機関から融資を受けるについて相互に連帯保証をしていたこと以上の各事実が明らかであり、それらによれば、同長尾商事は子会社である同教習所を相当強く支配し得る地位にあったものというべきである。

そして、前記一の3(二)ないし(三)の認定事実によれば、長尾豊は昭和五一年ごろ同教習所の収入が減少するのをみて自ら同会社の経営改善に乗り出す決意をし、強引とも言える労務対策をとったり、団交を拒否し、その挙句、教習所の入所受付停止、解散等の一連の経過を辿ったものであるが、右経過における同人の行動は背後にある同長尾商事の存在及びその支配関係を無視しては理解できないものである。すなわち、

前記一の3、二の1の各認定事実に弁論の全趣旨を総合すれば、同長尾商事は、同教習所に賃貸していた土地、建物、施設等の賃料名義による収益を保持しあるいは増加させるためには、布施分会の活動が障害になるものと考え、布施分会を弱体化させる意図のもとに、前記長尾豊と相謀って、同教習所をして団交拒否、労働協約、労働慣行の全面廃棄、夏季、年末一時金の支払拒否などをさせたうえ、布施分会を屈服させる手段として同教習所をして教習生の入所受付停止などの措置をとらせ、その結果、同教習所が収入の途を断ち、土地建物の賃料不払が続くや、それを理由に土地建物の賃貸借契約を解除して土地建物投下資本の回収を計り、同教習所をして解散に追いやったものと一応推認することができる。

右認定事実によれば、同長尾商事が同教習所にさせた布施分会に対する前認定の一連の行為は、不当な目的でなされたものであることは明らかであり、それはひっきょう同長尾商事において同教習所が別法人であることを濫用して、支配力を不当に行使したものといわざるを得ず、濫用法人格否認の場合に該当するものというべきである。

3  同教習所が被控訴人らに対し未払賃金債務として、別紙賃金目録(四)合計欄記載の金員を支払う義務があることは前記一の6に説示したとおりである。

そうすると、被控訴人らは法人格否認の法理により、同教習所の右未払賃金債務行為を否認して同長尾商事に対し右未払賃金の支払を求めることができ、しかも、その支払につき同教習所との連帯責任を負わせることができるものというべきである。

4  しかしながら、同教習所のなした本件解雇及び解雇後の賃金については、被控訴人らはそれらを否認して、同長尾商事に対し雇用契約上の地位及び右賃金の支払を求めることはできない。けだし、法人格否認は、端的にいえば、形式上の法人格の行為とその実体をなす個人もしくは別法人の行為とを同一視することにある。しかるところ、前記一の4の(二)に説示したとおり、控訴人布施教習所が昭和五三年五月六日なした会社解散決議は、同教習所の労働組合壊滅を目的とした不当労働行為に基づくものではあるが、右解散は真実解散する意思のもとになされたものであるから右解散決議は有効であり、右解散を理由とした本件解雇も有効なものである。そうすると、被控訴人らは、同教習所の右解散決議及び本件解雇を否認し同長尾商事の行為と同一視しても、右解散決議及び本件解雇が有効であることに変わりがなく、被控訴人らは同長尾商事に対し、雇用契約上の地位や本件解雇後の賃金支払を求めることはできない。

もっとも、同教習所の前記解散決議が真実解散の場合であっても、同教習所が形骸法人、すなわち同長尾商事の一営業部門とみられるような場合には偽装解散と同様に考えるのが相当であるが、同教習所は形骸法人に当らないことは前記二の2に説示したとおりである。もし、濫用法人格否認論によって同長尾商事に雇用契約の地位や本件解雇後の賃金を支払わせるとした場合、法人としての実体がある同教習所に右賃金の支払義務がないとされているのに、法人格上第三者とされ、かつ同教習所の労使関係に対し直接支配力を行使したことのない同長尾商事に同教習所の行為以上の責任を課することになるばかりか、被控訴人らが他に就職することのない限り、右賃金をいつまでも支払わせる結果にもなって著しく不合理である。

以上要するに、本件は濫用法人格否認の場合に当るが、同教習所の解散決議及び本件解雇が有効であり、同会社に本件解雇後の賃金支払義務がない以上、被控訴人らはそれらの行為を否認して同長尾商事に対し、雇用契約上の地位や右賃金の支払を求めることはできないものというべきである。

5  なお、本件においては、控訴人長尾商事と被控訴人らとの間において明示又は黙示の雇用関係が締結されたと認めるべき疎明はない。

また、いわゆる社外工につきその受入会社が労働組合法七条の使用者にあたると説示した最高裁判所昭和五一年五月六日第一小法廷判決(民集三〇巻四号四〇九頁)は本件事案とは事例を異にし、本件には適切ではない。

6  以上の次第で、被控訴人らの控訴人長尾商事に対する本件仮処分申請は、同教習所の場合と同様、別紙賃金目録(四)合計欄記載の賃金の仮払を求める限度において認容すべきも、雇用契約上の地位の仮定め、昭和五三年五月二〇日以降の賃金仮払を求める部分についてはこの点の当審で拡張した賃金請求部分を含めて理由がなく却下を免れない。

三  結語

よって、前記一の7、二の6と結論を異にする原判決を本判決主文第一ないし四項のとおり変更し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田次郎 裁判官 広岡保 井関正裕)

〈以下省略〉

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